私たちの行く手と道しるべ

平鹿地方史研究会役員会

1、歴史と歴史学

改めて思うに「歴史」という用語は、不正確に使われることが多いようだ。本来の意味・用法では、過去の無数の諸事実のうち誰かにピックアップされて、何らかの形で後世に伝えられてきた事柄を指している。そして、過去の事実と情操・信仰など人の感性が結び付いた時、事実に対する感じ方や受けとめ方が表現され、歌謡・物語・伝説等(口承)の形で後代に伝えられた。他方、それが思考・判断などの知性とつながれば、事実関係が目的に沿って取捨され、文字による記録(文献)として残された。つまり、語り継がれたことも書き残されたこともともに「歴史」であり、単に文字による記録だけにとどまらないのだから、私たちの研究も文献・遺物等の偏重に陥ってはならないと思う。かつて國安寛・本会会長は『山内村史』の監修に当たられ、「(同書第1章第3節、同第4節で)伝説等を最大限に利用」するよう指導され、「従来の市町村史にはみられないユニークな方法であると自負」していると述べられた。私たちはこうした先例に学び、口承にも多少潜んでいるかもしない史実をいわゆる"虫の目"や"鳥の目"を働かせて見抜き、「歴史」を的確に記述したい。

ただ、私たちは一部の会員を除き専門家でないため史学理論や研究方法に疎く、合理的な歴史観や史料の学問的な評価・解釈に基づく記述に非力である。また、調査・研究等を、特定の対象地に限定して行っているだけで、視野が甚だ狭い。したがって、それを自戒し専門家に指導を仰ぎながら努力することが、私たちの順当な持ち分であり使命であると思っている。そういう趣旨から、本会は専門家に直接指導していただく学術講演会を、毎年実施してきた。しかしながら、このことは専門家への無批判な追従ということではない。多くの専門家と私たちとは、何よりも歴史思想の根底のところで、スタンスが違うように思う。一般に専門家は「歴史学は発展科学」という認識の下に、進歩史観をおおむね踏襲し研究の前提としているようだ。反面、私たちは世界史や日本史等の実相に照らしてみて、人類・世界・日本等あるいは政治・経済・社会等が必然的に進歩・発展していくという史観を単純に肯定できないし、必ずしも「発展科学」という前提に立っていない。このように異なるスタンスに立つ関係者同士の交流こそ、かえってお互いの研究を深化させるのではないだろうか。

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2、郷土史と地域史

私たちの関心事は、横手・増田・平鹿・雄物川・大森・十文字・山内そして大雄の8地域で構成されている現横手市(古来の平鹿郡)の全域、全体の歴史である。そういうカテゴリーを何と呼べばよいのか。例えば「郷土史」という言い方を、私たちは吟味した上で回避した。古い「郷土史」の内容は要するにお国自慢だった。昔中央に名の聞こえた誰それの出生地だとか、どこそこは全国に知られた名所だとかと針小棒大に書き連ね、名もなき民衆の生き方には目もくれなかった。こういう大正年間以来の手垢は、一般に現在も拭いきれていない。それでは「地域史」はどうか。その場合、地名を加えて「□□地域史」と呼称すれば、現行の横手地域とか平鹿地域とかと混同されそうで、結局私たちは「地域史」も採択しなかった。しかし、現在の横手市域は全体として古来の結節地域で、探求に値する独自の歴史を持っているはずだから、本質論としては「地域史」が最適の用語だと思う。

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3、地方史と民衆史

最終的に、私たちはいささか抵抗を感じながら、敢えて「地方史」の用語を選択した。その違和感とは次の事柄である。だいたい地方という用語は基本的に中央の対義語で、中央―地方という慣習的な枠組みの中での地方には、中央(国家機関)の被支配地という意味合いが濃く、中央による地方の収奪・差別・蔑視等が滲んでいる。現に地方分権・地方自治も不徹底な状況下で、当然「地方史」の研究もその視点を重視するのだが、単にそれだけでは郷土の姿をとらえきれない。郷土は国家成立以前から存在し、国家と関わりなく独自に育んできた伝統と底力をも持っているのだから、それを自ら軽んじてはならない。私たちは一応「地方史」を団体名に用いたとはいえ、従来の「地方史」の座標に囚われないようにしたい。

ともあれ、今私たちは平鹿地方の全体を改めて調査・研究の対象として、その歴史の固有性を探り歴史像を明らかにしようとしている。特に、時代毎に分野毎に平鹿地方の人々の見方・考え方・行動・態度等を探り当て、人々の"生きざま"の中に実際の"平鹿らしさ"を見出したいと考えている。平鹿地方の人々と言えば、為政者・有力者などリーダーの事績はかなり知られているが、住民の動向は詳らかでない。しかし、過去のさまざまな課題に対して、民衆は一体どうとらえ、どう対応したのか、何も対応しなかったのか、平鹿地方ではそれが問題である。私たちは浅学非才の身ながら、当地のリアリティーを突き止め今に生かすものを学び取るため、「民衆史」の目遣いも加えて郷土を見澄まし叙述したいと思う。

なお、私たちは本会設立の準備中、次の著書から影響を受けた。後進を思って著した先達の書籍に無駄な言葉はなく、ことわざに言う「闇の夜道の松明」を思い合わせた。これから先、活動のあり方に迷いためらう時も、多分道標になってくれるだろう。

  • 西垣晴次著『地方史入門』(昭和52年、新人物往来社刊)
  • 地方史研究協議会編『近世地方史研究入門』(昭和30年、岩波書店刊)
  • 芳賀登著『地方史の思想』(昭和47年、日本放送出版協会刊)
  • 門脇禎二・甘粕健共編『民衆史の起点』(昭和49年、三省堂刊)
  • 地方史研究協議会編『地方史研究必携』(昭和27年、岩波書店刊)

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